夕方 娘の所に寄ったら
「夕飯の下ごしらえをするあいだ
 そらをちょっとみてて」
というので そらと遊んでいたら

たまごを切らしたと言って 
娘がいそいで買いに出ようとした
肩にはいつもの水玉のだっこひも

私の腕にいたそらが 
ママを見上げて必死な顔!
いきなり泣き出した

娘は笑ってかがんで 
そらのほっぺを両手でつつみ
「だいじょうぶ 
 そらをひとりで置いていったことなんてないじゃない
 ほら おいで」
と だっこしてふところに入れた

「ああ あんよが冷たいねぇ ごめんね~」
と だきしめる

ほっぺに涙をぶらさげたまま
そらは私に Vサインのような笑顔をみせた


ふたりがそそくさと出て行ったあと
蛍光灯の下に立ったまま
わたしはしばらく動けなかった

「ひとりで置いていったことなんてないじゃない」
という言葉が 
まるで私の母の口から聞いたように錯覚した

「おまえをひとり おきざりになどしないよ」

どれほどそう言ってほしかったかと
思いがけない 赤ん坊の時の気持ちが浮かび上がってくる
置いて行かれまいと 必死な私の顔が浮かぶ

ほっぺを両手で包みこまれて
「だいじょうぶ 
 ひとりで置いていったことなんてないじゃない
 さあ おいで」

そらが娘のふところに
ぬくぬくとおさまったのを見たとき
赤んぼうの私が いやされていった

60年も前の私から
Vサインを送られたような気がした

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